【日常への帰還】
(県 裕樹)

●猛訓練!
 私立探偵社『ホークアイ』では時折、社員たちの訓練の為に敢えて悪天候の日を選び、洞穴などに侵入して安全の確保や救急救命の実習を行う事がある。今日も強い雨の降る中、山岳地の洞穴を仮想戦地とし、内部で模擬戦を行いつつ負傷者の救助を行うという訓練が実施されていた。
「こらぁ! そんな屁っ放り腰じゃ、相手は倒れちゃくれんぞ!」
「こ、こんな狭い場所でじゃ、上手く立ち回れなくて当たり前っスよぉ!」
 仮想敵役である社長の榊誠一が憎まれ口を叩きながら強烈な反抗をしてみせる。
「任せて、こういう時の為に銃撃手が居るんです!」
「……無駄弾が多すぎる!! もっと正確に狙わんか!」
「暗視スコープ無しじゃ無理ですよ!」
「無駄口もだぁ!」
 今日の彼は何かが違っていた。いつもは物静かで口数も少なく、切れ味の鋭いカミソリのような雰囲気なのに、今はまるで剥き出しの長ドスのようだ。兎に角相手に斬り付け、憂さを晴らさなくては気が済まないような……そんな感じであった。
 だが、それには理由があったのだ。彼はこの時期になると、警視庁時代の嫌な思い出が脳裏を掠め、もう二度とあのような事を犯すものか……その為には、もっと強くならなくては……そう考えてしまうのだった。
「だらしがないぞ! そんな事で街の平和が守れるか!」
 肩で息をする新人たちに、榊は気合いを入れる。大切なものを、大事な人を守りたいなら強くなれ! という願いが込められた『愛の鞭』が、洞穴内に木霊する。
(社長、何かあったんですかね?)
(この時期になると何時もアレよ。逆らわぬが身の為ってね……しかし、なぁんで探偵が此処までやらなきゃイカンのかねぇ?)
(イザと云う時の為……社長が仰った通りだ)
 文句を垂れる長谷川徹を、三沢浩二が諌める。2メートルを超える巨躯をムリヤリに押し屈める格好で狭い洞穴内を移動する彼の姿は、傍から見ると滑稽ですらあった。
 そんな厳しい訓練も、イザと云う為の備えと思えば耐えられた。確かに自分達の腕が未熟なままでは、悪漢たちから市民を守る事は出来ない。街の平和を裏側から見守る為、武装を許された特殊な私設探偵団……それが『ホークアイ』なのだ。
「よし、次は救難訓練だ! 模擬負傷者、配置に付け!」
 その号令と共に、洞穴内の至る所に赤いペイント弾を撃ち込まれた模擬負傷者が散って行く。ある者は岩盤の上に、またある者は窮屈な岩陰にと、困難な救難活動にも対応できるよう様々なシチュエーションを想定した救難訓練が実施された。
 要救助者を安全な場所に移動させ、負傷度を示すゼッケンによって処置の方法も変えていく。このような厳しい訓練を重ねる事によって、『ホークアイ』社員・および登録隊員たちは救急隊や消防隊、レスキュー隊にも匹敵する救難技術に加え、強敵との戦闘行動もこなせるように鍛え上げられて行くのだ。

●アクシデント!
「あー、本日は特殊な環境での訓練と云う事で、難易度も高かった。だが、負傷者も事故も無く、無事に訓練を完了できたのは、諸君が真剣に本訓練に当たったからである! もし、現実の事件に於いてこのような境遇に遭っても、本訓練を思い出し、冷静かつ沈着なる対処を心掛けて貰いたい! 以上だ」
 その訓示が終わると、全員が『バッ!』と榊に敬礼を向け、榊が答礼を返すとまた気を付けの姿勢に戻った。
「よし、最後だ。この洞穴からの脱出を以って、本訓練を終了とする! 全員速やかに脱出し、洞穴より離れた安全地帯に集合! そこで点呼を取る。慌てるな? 出口は一箇所しか無いのだからな」
 その洞穴は入口から急な坂を下って、降り切ったところが広い空洞になっている。が、光が殆ど届かないので、各自頭部や肩部に装着したライトの灯りで視界を確保し、敵味方を判別するという非常に厳しい訓練となっていた。なお、この洞穴は最近新たに発見され、強度や内部の安全性を充分に調査された上で新たに訓練所として登録された場所であり、本格的な訓練に用いられたのは今回が初めてであった。
「気を付けろ、滑るぞ」
「よし、先に上がった者はロープで後続者を支援せよ」
 そんなやり取りが交わされながらも、退出は順調に行われていた。が、その時!
「!! 地震だ!!」
「大きいぞ、岩が崩れる!!」
「退避だ、緊急退避! 洞穴外の者は速やかに入り口付近より離れろ! 退避中の者は一旦奥へ退け!!」
 まさかのアクシデントであった。洞穴外の集合場所に待機していたオペレーター役の如月碧が、インカムを使って洞穴内の残留者に呼び掛けを行った。
「こちら地上班! 訓練中の各隊、応答願います!!」
「こちらは洞穴外に退避済みの小隊! 第1から第7小隊まで、総勢28名! 無事です!」
「洞穴内はどうなっていますか……翔、翔! 応答して!!」
「……でかい声出すなって……生きてるよ。ただ、ちょっと足を捻ったけどね。オマケにライトが割れちゃって、周りが見えない。こりゃ、一人で脱出するのは無理かな」
 インカムを通して、新人隊員である保科翔が弱々しく返答して来る。そして、指揮官役の榊からも応答が無い。インカムを破壊されてしまったのだろうか、肉声で応答してくる声も聞こえるが、何処に居るのかサッパリ分からない。
 洞穴の奥へと分断されてしまった社員たちは無事なのだろうか? そして脱出は成るのだろうか……? 


今回の参加者

鎌崎 希凛音(ID:hork0001)

如月 士   (ID:pori0001)

丹羽 誠   (ID:hork0002)



会議室

会議は終了したので書き込みは出来ませんが、入室は可能です。
発言の確認をしたい場合などは、ご遠慮なく。

入口


●落ち着いて!
「翔、翔! どの辺に居るの!? 傷は大丈夫なの!? 応えて、翔!!」
「みどりちゃん、落ち着いて! ……ちゃんと連絡はあったんや、彼は生きとるんや……せやから、落ち着いて……」
 興奮状態となった如月碧を、事務員の鎌崎希凛音が嗜める。そう、生き埋め状態とは言え、保科翔は生きていた。それが分かっただけでも収穫だよ、そう言い聞かせながら。
「ザキさん……ごめんなさい。私、つい……!! そう言えば、長谷川さんと三沢さん、それに社長……連絡が取れてません!」
「せや、先ずは生存確認が取れるまで呼び掛ける……こっちの方が大事やよ。ただ、生きとるのが分かっとっても、中でどんなトラブルがあるかは分からへん。だから未確認者7、確認済みの者3ぐらいの割で連絡を絶やさず……ええね?」
 その台詞に碧は『はい』と返事をし、深呼吸をしてから周波数を変えて次々と別のインカムを呼び出しに掛かる。が、応答があるのはごく僅かで、あとの者はアンテナ故障か、電波の届かぬ奥底へ流されたか、或いは……特にホワイトノイズだけが返ってくるチャンネルの相手は危険度が高いとして、最後に何処で行動していたかを行動チャートを頼りに割り出していく。
 洞穴の最も深部に位置していたのは、社長の榊誠一だ。彼はそこから指示を出しながら、救急救難訓練の指揮を執っていた。そこを地震に襲われたので、最も危険度が高いのは彼である……そういう事になる。
 次に、社員の中でも中隊長待遇で中間指揮を執っていた長谷川徹と三沢浩二の二人は、洞穴の急坂の左右に展開して、榊からの指示を中継する役割を担っていた。もし彼らの立ち位置に岩盤の崩落があった場合、最悪の場合はそれの下敷きに……と云う事も考えられる。これを上手く回避していれば生存の確率は高くなるが、脱出口を塞がれていては、いずれ……どちらにせよ、安心できる状態でない事は確かだった。しかも、三人ともインカムを呼び出しても応答が無いのだ。
 他の隊員についても、応答があったのは第九小隊のみ。彼らは三名全員の無事が確認されたが、通り道となる岩肌が崩れ落ちてしまった為に移動が出来ず、その場から前進が出来ないとの事であった。なお、彼らの前に位置していた第八小隊は、連絡は付かないが恐らく無事であろうという事であった。根拠は、彼ら第九小隊が崩落した細道に足を掛ける直前、前方の広場まで移動が完了したのを見ていたからである。そしてそこから先は平坦な道が続き、出口まで数百メートルと云う位置であった為だ。連絡が付かないのは、恐らくインカムが破壊された為であろう。
 となると、残る第十小隊と指揮官三名の安否を確認できるのは、前進は出来無いが後退は可能で、且つ無線機が生きている第九小隊のみとなる。指揮所では彼らに内部の様子を探って貰うよう改めて依頼を出し、脱出が完了していた第一から第七までの各小隊には、外部からの声掛け・偵察を指示して、あとは彼らからの報告を待とう……そういう事になった。が、意外な所から意見具申があった。第三小隊を束ねる外部契約職員・丹羽誠であった。彼は本職が陸上自衛隊の二等陸曹と云う、言わばこのようなシチュエーションのエキスパートである。
「自分、原隊に連絡を取れば即刻、救難依頼を打診できますが!」
「待って、丹羽はん……お気持ちは有難いけど、それをやったら社長が怒ると思いますえ。何の為の訓練だ、こう云う事態をも予測し得ないで何が救急救難訓練だ、とね」
「しかし! このような事態となっては、人命確保こそ最優先かと!」
「そう言わはりましてもな……なぁ、みどりちゃん?」
 一刻を争う時に、体裁を気にしてどうするのですか! と訴える丹羽と、社長の性格を良く理解している希凛音が意見を戦わせていたその時、碧は第九小隊からの連絡で榊が軽傷を負いながらも無事である、という通報を受けていた。だが、場所が最悪で、恐らくは洞穴の最深部と思われる位置まで流されていた、との事であった。光が全く届かない為、ライトによる有視界確認を行ったところによると、榊は手持ちのライトおよびインカムを途中で紛失したと思われ、装備していない状態で気を失っていたとの事だった。そして、恐らくは何処ぞの小河川の水源になっているであろう、地下水脈で構成された泉がそこにあったとの事で、そこに落ちていたら命は危なかったと結ばれていた。その泉、広さは無いが最大水深は相当深いようだ。
『この泉から流れ出ている溝を伝って行けば、恐らく山中の何処かに出られると思いますが』
「待って下さい、確認しています……あ、丁度演習エリアの反対側に出ますね。出口の広さは、映像によると人の頭の高さより少々低い程度。溝の周辺が歩行可能なら、充分脱出できるかと思います」
『了解、自分達はこの通路からの脱出を試みます。狭くて進行が困難な場合はまた戻り、別ルートを模索します』
 第九小隊と榊は、この予期せぬルートからの脱出を決意したようだ。そこで彼らの件は取り敢えず続報待ちと云う事になり、話題は自衛隊への通報の是非へと戻った。が……
「社長がそこに居たなら、確認取りたかったなぁ」
「だ、だって! 其方で何を話していたかなんて知らなかったから……」
「ま、まぁまぁ……分かりました、社長を含む四名が水路を通って脱出を図るなら、自分は第三小隊を率いてその出口に回ります。訓練エリアの反対側と仰いましたね? 向こう側は渓谷になっている為、外に出た途端に足を踏み外して二次災害に……なんて事も考えられますからね」
 苦笑いを作りながら、丹羽は暗に『自衛隊には通報しない方が良いな』と云う空気を感じ取っていた。それに第一、彼はアルバイト禁止の筈の公務員でありながら、こうして『ホークアイ』に参加している異端児である。通報すれば、それは自分の不正をそのまま暴露する事に繋がる。人命優先ではあるが、内部に残存している第八小隊は無事である確率が高く、第十小隊と三沢・長谷川の五名は練度の高いベテラン揃い。恐らく何とかするだろうと算用して、彼は高山用の装備を第三小隊の面々に装備させ、最短ルートを地図で確認してからスマートフォンのナビゲーションシステムに到着予定位置をセットして出発した。
「さて……社長は取り敢えず無事と分かりましたが、まだ未確認の方が八名……一応、外部に応援を頼んだ方が……」
「せやね……自衛隊は丹羽さんの立場を考えて避けるとして、残るは……やっぱあそこしか無いやろね」
 彼女が選んだ『増援』とは、彼らの直接の商売敵である『警察』であった。それも犬猿の仲とされる『警備部』である。だが、こう云う場合に最も頼りになるのが彼らである事も、また確かである。いや、自衛隊や消防隊の方が練度も高く最適ではあるのだが、どうせ危険区域立ち入りの許可を省略した件やその他諸々でいずれ呼び出しを喰らうのは分かっているし、ならば一緒に済ませてしまおう、と云う腹があったのだろう。それに、自衛官の『お叱り』は怖いけど、『機動隊』のお叱りならもう慣れっこ。そう言う面から彼らを選んだ、と云う話も……無くは無かった。

●イテェじゃねぇか
「……ぁん? 此処は何処でぃ……あぁ、そうか。俺ぁ坂の真ん中で地震に遭って、滑ってコケて下に落っこちたんだっけ」
 今、意識を取り戻したのは長谷川徹だった。
 意識を取り戻したは良いが、現在位置が分からない。装備していたインカムは受信機は生きているが、マイクが破壊されていて此方からの送信が出来ない。ライトは生きていて、周囲を照らす事は出来る。そして自分の身体は……右肩をちょっと打ち、頭部にも少々傷があるらしく、額にぬるっとした感覚が認められたが、痛みは少ない。少しでも痛みを感じるという事は、麻痺はしていない、つまりは軽傷であるという事だ。
「逸れちまったか……? 他の連中はどうしたんだか……チッ、マイクが無いから呼び出しが出来ねぇ。どうしたもんか……取り敢えず、大声でも出してみるか?」
 基本である。豪雪地帯での大声はタブーであるが、こうしたパターンでの遭難の場合、大きな音声で自らの位置を知らせるというのは最早セオリー。開けた場所なら発行信号と云う手段もあるが、不運にして彼は岩盤に閉じ込められ、周囲を囲まれた状態。光が周囲に届くとは思えなかった。
「おおおぉぉぉぉぉい!! 無事な奴ぁ返事しろおぉぉぉぉぉ!! 俺は長谷川だ!! 近くに誰か居たら、大声で返事しろおぉぉぉぉぉ!!」
 彼は、あらん限りの大声で自分の位置を知らせると同時に、近くに生存者が居るかどうかの確認を行った。すると、直ぐに返事をした者が居た。同僚の三沢浩二である。
「トオルか!? この向こうに居るのか!?」
「この向こう、って……おい浩二、オメェーまさか!?」
「ああ、外注三人は何とか見つけ出したんだが、お前さんが居ないのに気付いてな。探していたんだよ。しかし、この岩が邪魔でな……」
「オメェーの怪力でも、どかせねぇか?」
「俺だって、数百万ドル掛けて改造されてる訳じゃ無いんだぞ」
 こんな時にも、軽口を叩き合う二人。やはり付き合いの長い同僚同士である。
「三沢さん、岩をどかすのは無理そうですけど……こっちの隙間、崩せそうですよ?」
「待て! 周りを良く調べてからだ。そこを崩した為に、他に影響が出たらどうするんだ」
 慎重に、指摘のあった隙間の周囲をつぶさに観察する三沢。因みに、彼もまた坂を転げ落ち、坂の途中で岩陰に退避して難を逃れた第十小隊に救助されて、そのまま合流したのだった。尚、彼は装備の殆どを失ってはいたが、身体は全くの無傷であったと云うのだから驚きである。因みに、第九小隊が彼らを素通りして最深部まで行ってしまったのは、岩が崩れた為に進路が分断され、丁度ポケットのように開いていた横穴に閉じ込められた状態だったからのようだ。つまり、正規ルートは潰れる事なく無事に確保されており、崩れたのは安全確認の取り切れていなかった横穴や、側面の壁に限定されたようだ……と云う分析がその時点で出来た。が、そんな事が分かったところで、今の彼らの取っては何の得にもならない。しかし……
「……横の壁が崩れて、道が塞がっただけみたいですね。崩しても問題なさそうです」
「この辺りは、脆い砂岩質で出来ているんだな……よし、高い部分から岩をどかしていくんだ。少しずつだぞ」
 寸断された道を素手で切り拓く、難作業が開始された。一気に大きく崩せば、何処にどういう影響が起こるか分からない。依って、器具を使わない手作業で、一つ一つ岩を除去しては地盤の安定した広い場所に置いて行く、と云う地味な作業が続く。
「おっとトオル、お前は動くなよ? そっちから押したりしたら、何が起こるか分からんからな」
「動きたくても動けねぇーよ。って云うかどっから顔が出て来る算段なんだ? 俺の目の前にゃ、でっけぇ岩が見えるだけだぜ」
「その岩の、更に外側をゆっくり掘り進んでいる。お前から見て、右上になる筈だ」
「右上? ……あぁ、確かに隙間があるな。だが人が通れるほどの穴が開きそうには見えないぞ?」
「大丈夫、この岩は大きさはあるが脆く崩れやすい。だからさっきも崩落したんだろう」
「見掛け倒し、って訳か……んで? 俺がそっちに抜けた方が良いのか、そっちからこっちに抜けた方が良いのか、どっちなんでぃ?」
 長谷川が、周囲を見回しながら問い質す。自分のいる位置はポケット状になってはいるが、上下左右何処を見ても道が開けそうにない。強いて言えば、第十小隊の面々が掘り進んでいる上部の隙間が確認できる程度だ。
「とりあえず、お前さんの確保が先だ。怪我をしているんじゃないか?」
「あー、肩をちょっとな。それと、頭ぶつけたらしくてよ。血が垂れてやがるんだ」
「……俺達が、そっちに行った方が良さそうだな。分かった、お前はそこを動くなよ」
「だぁら、動きたくても動けねぇーんだってばよ……」
 取り敢えず、これで社員は全員の消息は確認できた……が、それを知る者は神様のみ。逸れたままの第八小隊、第九小隊との相互連絡は取れていないのである。しかも、第八小隊の三名は先行している事は確かだろうが、消息は確認できていない。なおも予断を許さない状況は続いていたのである。

●無事かあぁぁぁ!?
 一方、此方は本部テント。中では女性職員二人が、頻りに洞穴内および、彼らの捜索に向かった各小隊との連絡を取り合っていた。
『……ら、第八……三名、全員……これより、本隊と合流……』
「もしもし! 感度不明瞭に付き、再度報告願います! 負傷者の有無は!?」
『…………軽傷……出血は無し……任務、続行可能……』
「了解! 負傷者の手当てを行いますので、一度本部まで帰投してください」
 消息不明であった、第八小隊の三名が無事に洞穴外へと脱出したようである。が、アンテナ部分に故障が生じたか、無線の感度は非常に悪くなっていた。しかし、取り敢えず小隊全員の無事は確認できたようだ。
「あとは、長谷川はんと三沢はん、第十小隊の皆さんだけどすなぁ……」
「第九小隊の方たちからも、あれから連絡ありませんし……不安ですね」
 因みに、翔は洞穴内の深部、先刻榊が発見された位置から数百メートル離れた場所に引っ掛かっている事が判明した。先刻、第九小隊が本部と交信していた際の会話が、彼の耳に届いたとの事である。足を故障している上、ライトが割れて周りが見えないので身動きが取れず、救出を待つしか無い状態の彼ではあるが、元気なのは確かなようだ。
 と、そのような事を話していると……
「失礼します! 先刻の地震で要救助者が出たとの通報がありましたが、連絡先は此方で宜しかったですか!?」
 唐突に開かれたテントの入り口から、黒縁眼鏡の若者が顔を出している。
「は、ハイ……警察の方ですね?」
「ハッ、失礼致しました! 自分は警視庁警備部警備課・機動隊所属の如月士巡査であります!」
「きさらぎ……つかさ? ……つ、つっくん!?」
「やはり君か、きりちゃん……久し振りだね! キミが無事で良かった!!」
 お知り合いですか……? と、口を挟める雰囲気では無かった。ズカズカと入って来たその巡査は、いきなり希凛音の手を握って、愛おしげな目で彼女を見詰めている。が、更に後から入って来た別の巡査に、眼鏡の巡査……士は取り押さえられていた。
「いきなり押し入って、何をやってるんだオマエは! ……失礼致しました、同じく機動隊所属・早川連巡査であります。早速で申し訳ないのですが、通報内容の確認と、状況の説明をお願いしたいのですが」
 警察手帳を提示しながら、士の頭を小突く……中性的な魅力を持った、不思議な感じのする機動隊員・早川連。そして更に、金髪でやや軽い感じの機動隊員が入口から声を掛けて来る。
「おい、後続の隊員はテント前に整列させておけばいいのか? ……って隊長殿が言ってるんだが」
「あ、はい……其方はウチが対応しますえ。みどりちゃん、説明よろしゅうな」
「はい、お願いします」
 退場していく希凛音を目で追いながら、ああぁ……と悲しそうな顔になる士を見て、あからさまだなぁ……と碧は一瞬ジト目になる。が、直ぐに表情を繕い、連と名乗った巡査と向かい合う。
「現在、洞穴内に十名が取り残された状態で、うち四名は地下水脈を辿り脱出を試みている最中です。一名は連絡は取れていますが身動きが取れず、残りの五名が未だ連絡の取れない状態です」
「無線機や、携帯電話は?」
「恐らく無線機は崩落の際に故障したものかと……そして携帯電話は圏外であると思われまして、連絡が付かないのです」
「となると、外から探すしかない……そういう事ですね?」
 その回答に、渋い顔で頷きながら唇を噛む碧。だが、大丈夫ですよと優しい笑顔を見せてから『その、連絡が取れている一人と話は出来ますか?』と連が問うて来る。そんな彼に、碧は無言でインカムを手渡した。
「もしもし、聞こえますか?」
『あ、あれ? 碧……じゃないよね? 誰?』
「失礼、本官は警視庁警備部の機動隊員・早川連巡査であります。えぇと……保科翔さん?」
『あ、警察の方? はい、保科です』
 警察官が相手と分かり、思わず襟を正す翔。互いの姿は見えないのに、通信機に向かって礼をしてしまうその仕草は、何処となく可笑しい。が、なかなか抜けない癖の一つではある。
「どういった状況か、簡単に説明できますか?」
『状況……と云っても、ライトが壊れてしまって周りが全く見えないので、何とも。ただ、耳を澄ますと水音が聞こえます。先程、仲間の隊員が数名、水脈の周囲を通って脱出を試みると会話していたのが聞こえました』
 成る程、この女性の証言と合致するな……と、連はメモを取りながら頷いている。
「了解しました、身動きの取れない状況と伺っておりますが、焦らないで。只今より救出に向かいます。そこは洞穴の最深部にかなり近い場所で、到達までに時間がかかると思いますが、心配しないでくださいね」
『は、はい……お願いします』
 通信は以上だった。そして碧に対して敬礼すると、二人の機動隊員はテントを出て行った。

●作戦開始!
「聞いての通り、非常に足場が悪い上、消息の取れていない要救助者が四名、消息は取れているが身動きのできない要救助者が一名、更に自力での脱出を試みている最中の要救助者が四名いる。この十名が救難対象である! 一班は洞穴の入り口側から、二班は反対側の水脈出口から、それぞれ侵入して救護対象を探せ! そして三班、諸君は周辺の警戒だ! 思わぬ出入口があるかも知れん、注意して掛かれ! 以上、解散!」
 指揮官と思しき、巡査部長の檄が飛ぶ。そして山岳用装備を着けた機動隊員たちは、三派に別れて散って行った。
「ったく、何なんだあのだらしない態度は!」
「うるさいなぁ。幼馴染に再会できたんだ、あのぐらいの感情表現は良いだろう」
「TPOを弁えろと言っているんだ」
「……おい、私語は慎め私語は。任務中だぞ」
 口論となった連と士を、金髪の隊員……生馬寛が嗜める。なお、この三名は同期入隊ではあるが、ノンキャリアである寛が最も年少の18歳である。因みに、彼はホークアイの碧や翔と高校時代の同窓生である為、先刻テントの奥を覗いた時に碧と目が合い、一瞬ではあるがギクリとしたのだった。尤も、それは碧の方も同様だったのだが。
「砂岩質の岩山だな……この中に出来た洞穴で訓練をしていたのか」
「確か探偵社だと聞いていたが、軍隊並みの訓練をしているんだな……気を付けろ、滑るぞ」
「私立探偵社『ホークアイ』……ウチの禿茶瓶の元ライバル・『剃刀の榊』が興した精鋭集団さ」
「詳しいな?」
「……ふん。情報収集は素早く正確に。基本だぜ」
 しかし、そんな精鋭集団も天災は予測できないんだな……と、妙なところで意見が一致し、不覚にも三人して笑ってしまった。
 と、その時。大きな声が反響したような唸りが、彼らの耳に届いた。
「この山、熊が出るのか?」
「バカ、アレは人の声だ」
 ……確かに熊の吠える声と似てはいるが、良く良く聞くと何か喋っているように聞こえる。だが、反響が酷くて何を言っているのか聞き取れないのだ。仕方なく、彼らを先頭とする三班は、その声のする方へと向かって行った。
 声はだんだん大きく……もとい、近くなって来る。そして漸く『誰か来てくれ』と叫んでいるのだという事が分かった。
「もう大丈夫だ、此方は警視庁警備部の者だ!!」
 代表して士が叫ぶ。この中で一番声が大きいと、皆の指摘を受けたからである。と、声は一発で届いたのか、唸り声はピタリと止んだ。そして更に深く谷を割って分け入っていくと、人影が見える。山岳装備を着けているが、私服ではない。良く見れば自衛隊の制服ではないか。
「じ、自衛隊の方ですか?」
「ハッ! 自分は、陸上自衛隊東部方面第一師団所属・丹羽誠二曹であります!」
「何で自衛官が、こんなトコに居るの?」
「そ、それは……」
 誠は言い渋った。相手が警察官では、同じ公務員である自分がホークアイの一員とバレるのはまずい。だが、今は躊躇している場合ではない。
「訳あって、現在遭難中の方たちのお手伝いをしております! 決して、副業をしている訳では……」
「あー、分かった分かった。深くは聞かないであげるよ、ただ状況を知らせて貰えないかな? こっちも仕事で来てるんでね」
「ハッ、そうでありました! この亀裂の真下に四名、人が居ります! 聞くところによれば、浸入路が塞がっていて正面からでは脱出できない為、この亀裂を拡張するしか脱出の手立てが無いという事であります!」
 なるほど、これを突き崩すだけなら力任せでも何とかなるが、中に人が居るのではそうもいかず、救援を求めていたという訳か……と、機動隊の面々は納得した。
「意外と脆そうではある……が、下手をすると此方の足場も失う可能性があるな」
「これは……崩すより、切断した方がいいな……もしもし、本部ですか? これから指示する場所に、グラインダーを持って来てください。大型バッテリーと一緒にです」
 寛が状況を読み、士が追加装備の依頼を出す。位置情報は、強力なGPS電波発信機によって発信された。スマホに装備されている物より電波が強力なので、障害物の多い山奥からでも正確な位置情報を発信できるという優れものだった。
「あの、此処はお任せして宜しいですか!? 自分、まだ中に居るメンバーを救護しに向かいますので!」
「あぁ、自力で動けない人が居るって言ってたな。OK、此処は任せてそっちへ行ってください。お気を付けて!」
「有難う御座います、宜しくお願いします!」
 互いに敬礼をすると、誠は回れ右をして崖を下って行った。恐らく正面から侵入するよりも早く要救助者の元へ行けるルートを、既に模索してあるのだろう。その辺は流石に自衛隊員と言えた。尚、彼の率いる第三小隊の残り二名は第九小隊と榊の支援に向かわせており、その場には彼だけが残っていた。小隊毎に一つしか支給されないインカムは部下に持たせ、自分はその場で支援を待っていたのだと云う事だった。
「さーて、機材が届くまで暇だなぁ……おーい中の人、大丈夫ですかぁー?」
「何とかなぁ! 軽傷者が一人いるが、大したことは無い。腕も足も全部揃ってるぜ!」
「それは何より。えーと、今から手順を説明しますので、良く聞いて下さい。さもないと大怪我をする可能性がありますよ」
 少々オーバー気味に、士がこれから行う手順について説明し、岩盤を切断して下に落とす際、退避していられる場所があるかどうかの確認をした。すると内部の広さに付いては問題ないが、遮蔽物は無いのでなるべく小さく切って落とすよう、返答があった。
「ん〜……大体40センチか。板を切るようには行かないが、表層から薄皮を剥ぐようにしていけば、落下する岩盤は最小限で済みそうだな」
「ミルフィーユみたいなモンだからな。だが、だからこそ危ないんだ」
 メジャーを使い、岩盤の大体の厚さを測定した連に、またも士が切り返す。そう、ノミと金槌があればベリベリと剥がれそうなほど、脆くて薄い岩盤が何層にも重なって出来た岩の壁が、此処の天井なのである。先程の地震で崩落しなかったのが不思議なぐらいであった。いや、そのような地質であったからこそ、亀裂が入って外に通じる隙間が出来たのだ。それが偶々、中に居る徹たちの真上だったのだから、ラッキーであったと言わざるを得なかった。
「ところで、もうチョイ穴ぁ広がんねぇか? 空気が薄くて敵わねぇンだが」
「それが出来たら、とっくにやってます。少し我慢してください」
「息が詰まっちまうよ!」
「……少し埃が立つと思いますが、ガマンしてくださいね!」
「お、おい待て! それは……」
 連が制止したが、遅かった。士は些か気の短い、少しでもイラッと来ると我慢が出来ない性格の持ち主であった。そう、彼は酸素ボンベのノズルを岩盤の隙間に差し込み、思い切りバルブを解放したのである。
「ぐはっ! ゲホゲホ!! おい、加減ってモンを知らねぇのかよ!」
「注文が多いですね、酸素をくれと言うから注入してあげたんじゃないですか」
「っのやろぉ、その声しっかり覚えたからな!」
「……バカかオマエは……今のはこっちが悪い、もっと緩やかにバルブを開放していれば良かったものを」
「早く空気をくれと言ってたじゃないか、だからリクエストに応えたまでだ」
 そのやり取りを聞いて、寛がこめかみを抑えながら『最年長のくせに……』と軽く頭を振っていた。恐らく穴の中は、恐ろしい勢いで噴射された酸素によって渦が巻き起こり、埃どころか小石までが舞い上がっていたに違いない。これを故意にやられて、怒らない人間が居たら大したものである。
「……雲行きが怪しくなって来たな……降る前に機材が間に合えばいいのだが」
 そう、元々その日は雨模様、救難作業にあたっていたその時だけ一時的に晴れていたに過ぎないのだ。雨で足場が悪くなると、作業はさらに困難を極める事になる。これは時間との勝負になるな……と、士は空を睨んだ。

●返事をしろ!
 一方、更に崖を下って、岩盤を横向きに崩せる地点を探り当てていた誠が、ハーケンを鏨(たがね)の代わりにして岩盤に穴を穿っていた。先程は岩盤が天井になっていたので出来なかった手法だが、横向きになら有効だと思ったのだろう。事実、横向きであれば大きく崩れてしまっても、大きな被害は出ない。但し手作業の為に時間は掛かっていたが。
 やがて30センチ四方ぐらいの大きさの穴が開くと、誠はそこから中に向かって声を掛けてみた。
「おぉーい! 翔ー! 聞こえたら返事をしろぉー!」
 すると、反響して上手く聞き取れなかったが、どうやら翔の物と思しき声での返事が聞こえて来た。
「もう直ぐ進入路が確保できる、それまでもう暫く辛抱してくれ!」
 こうなれば、多少荒っぽくても良い! と、誠は直にハンマーを岩に打ち当て始めた。チマチマ削っていくより、大きく崩してしまっても大丈夫だろうと判断したのだろう。そしてそれは正解だった。いや、偶然正解になった、と言った方が正しいだろうか。最初の一撃で大きく亀裂が入り、もう一撃するとその亀裂に添って綺麗に岩が崩れたのだ。これならば、誠の巨躯を以てしても侵入は可能である。
「浸入に成功した、今から助けに行くぞ! 声を出し続けてくれ、目印にする!!」
 そう叫ぶと、『こっちでーす!』という声が聞こえて来た。だが、反響してしまって何処から聞こえて来るのかが分からない。
「もう少し小さな声で良い、反響してしまって位置が掴めない!」
 なかなかどうして、上手くいかないものである。が、この近くに彼が居る事は確かなのだ。そして経路上に障害物は無い。誠は大型のライトを頭部と肩部に装着し、派手な光を放って周りを照らしながら歩み進んでいった。

●お待ちかね!
「……どうやら、翔の方が早く脱出できそうだな」
 彼の発する声は、徹たちの居る場所までハッキリと聞こえて来た。まぁ、さほど距離は離れておらず、繋がった穴の中で発声しているのだから、当然と言えば当然だが。
「お待たせしました、こっちも機材が到着しました! また一雨来そうなので、少々巻きでいきます。大きく崩れるといけないので、この真下から離れてください!」
 頭上から、靴で足踏みをする音が聞こえる。丁度、徹たちの真上だ。此処に穴を開けようという目論見らしい。
「オッケ、始めてくんな!」
 安全地帯と思しき位置まで後退した徹たちが、外に向かって返答する。すると、頭が割れそうなぐらいの高周波音が洞穴内に木霊した。無理もない、彼らはドラム缶の中に閉じ込められて、外からヤスリを掛けられているのと同じ状態になっているのだ。
「…………!! …………………!!」
「なにーーー!? 聞こえねぇーぞ!?」
「……………………!! …………………!!」
 大声を張り上げているのは浩二だった。しかし、天井を削る音の所為で何を言っているのか、まるで分からない。だが、こればかりは文句を言えない。この工程を経なければ自分達は脱出できないのだから。
 そして、轟音が止んだかと思ったら、今度は何か上から喋りかけて来ていた。が、これも何を言っているのか分からない。先程までの轟音で、すっかり耳がバカになっているのだ。
(……!! そうか、蹴破ろうってか!!)
 徹は、横面を壁面に押し付けて、天井から伝わる振動を直に感じ取っていた。削り取られ、薄くなった岩盤を真上から蹴り落とそうというのだろう。それが証拠に、ヒビの入った天井からパラパラと小石が降って来るのが見える。
(もっと下がれ!!)
 彼らは、可能な限りその天井から離れた。すると刹那、まばゆいばかりの光が差し込んだかと思うと、それは激しい砂埃を起こしながら徐々に広がって行った。先程の位置に立っていたら、恐らく岩のシャワーを浴びていた所だろう。
「大丈夫ですか? 怪我はありませんか!?」
 先程、徹に向けて放たれた声とは違う、優しいアルトボイス。そう、連の声だ。
「大丈夫だ、そちらこそ落ちた人はいないか?」
「問題ありません。今から縄梯子を下ろします、お一人ずつ脱出してください! 但し、周辺も大変脆くなっています。気を付けて!」
 砂煙が晴れると、薄ボンヤリと天井から垂らされている何かが見えた。そう、縄梯子だ。
 脱出は体重の軽い者から順に行われた。第十小隊の三名の脱出を確認すると、次に徹、最後に浩二の順で脱出が完了した。
「……助かったぜ、ありがとよ」
「ったく……何でこんな危険な場所で演習なんかしてたんです? 軍隊でもあるまいに」
「軍隊でも相手に出来る……そういう訓練を受けてるのさ、俺達はな」
「それで救援を求めてちゃ、本末転倒でしょ」
「……さっきからカチンと来る事をホザいてやがったのは、オメェだな!?」
「もう一度、穴の中に落とされたいんですか!?」
 一触即発の状態にまで、一気にヒートアップする徹と士。この二人、どうやらトコトン反りが合わないらしい。
「やめろ! それでも誇りある警視庁の一員か!」
「お前もお前だ、トオル。少し頭を冷やせ」
「……冷やす前に、傷を塞いだ方が良さそうだけど」
 最後に寛の冷静なツッコミが入り、睨み合っていた二人も一旦は冷静になった。だが下山の道中、何度も小競り合いがあったのは言うまでもない。

●改めて
「警察の方々の協力を得られ、全員が生存状態で集合できた事は誠に幸いである。ただ、このように、天災はいつ襲って来るか分からないものだ。今日の体験を忘れる事無く、日々精進するように!」
 松葉杖を付きながら、メガホンを通して訓示を送る榊の姿がそこにあった。彼は結局、水脈を通って脱出する事が出来たのである。もし、第九小隊が彼を発見していなければ、脱出はもっと遅く、そして困難なものになっていたかも知れないが。
「まだやるつもりかい、懲りない連中だぜ」
「シッ! オマエは少し黙れ!」
 機動隊の隊列の後方から、そんな声が漏れて来る。無論それは榊の耳にも入ったが、彼がそれに対して返答する事は無かった。ただ『最悪の結果を避ける為の、命懸けの訓練なのだ』と、心の中で呟きはしたが。
「ご苦労だった、解散! そして警備部の皆さん、お世話になりました」
「相手が貴方だから文句も言えませんが……なるべくこういう形での出番は、無しにして貰いたいですな」
「リスク無くして、大成は出来んのだよ。あぁ、彼にも宜しく伝えてくれたまえ。世話になったなとね」
 恐らくは、嘗ての部下だったのだろう。機動隊を束ねる隊長を相手に、堂々たる態度で応じる榊。しかし、そこに居た全員がこう思った事だろう。『こんな思いは二度と御免だ』と。

「つっくん!! ありがとぉ、ほんまにありがとぉ!! 徹はんを助けてくれて!!」
「ちょ、きりちゃ……皆が見てるよ」
「? なに気にしてはる? 子供の頃からよぉやってたやないの」
 ……なんと、希凛音は士に抱きつき、その頬に口付けをしていたのだ。しかし照れる士とは正反対に、希凛音は頬も染めずに彼と接している。恐らくは、子供の頃と同じ『幼馴染』感覚のままなのだろう。だが……
(……ッの、クソガキャぁ……トコトン気に入らねぇ!!)
「ヤバい、ヤバいよアレは……トオルさん、マジで怒ってるよ」
「これは……早く何とかした方が良いね。ザキさんは至って無邪気、悪気や他意は全く無いんだよ。だから余計に性質が悪いんだけど」
 徹には聞こえない声量で、翔と碧が密談を交わす。そう、彼女と徹の本当の気持ちを察しているだけに、彼らとしてはその様をハラハラしながら見守る事しか出来ないのであった。

<了>
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